『X エックス』の前日譚として、2022年に公開された『Pearl パール』。
ミア・ゴスが再び主演を務め、スラッシャーの怪物“パール”の起源を、1918年の農村を舞台に描いた本作は、ホラーとメロドラマが融合した異色の一作です。
この記事では、制作背景からキャストの演技、演出の技巧、視覚と音楽の意図、そして物語に秘められた女性性と狂気のテーマまで、25の深掘りトリビアとしてお届けします。
🎬制作と構想にまつわるトリビア
01|『Pearl』は『X』と同時に撮影された
タイ・ウェスト監督は『X』撮影中にA24へ『Pearl』の脚本を送り、数日後には承認。『X』の撮影終了後すぐに同じロケ地で『Pearl』の撮影が始まりました。低予算・高効率な制作手法です。
02|“古典メロドラマ+ホラー”が発想の原点
『X』がスラッシャーへのオマージュだったのに対し、『Pearl』は『オズの魔法使』『風と共に去りぬ』といったテクニカラー全盛期のハリウッドメロドラマの様式美を再解釈しています。
03|1918年=スペイン風邪の年は“マスク”で現代と接続
本作の時代設定はパンデミック中の1918年。登場人物たちがマスクを着用する場面があり、現代のコロナ禍と重なる意図的な演出です。孤立・感染・狂気が共鳴します。
04|『Pearl』は“逆スラッシャー”
通常のホラーでは、過去にトラウマを抱えた殺人鬼が“謎”として描かれますが、『Pearl』ではその“謎”の内面を全開にするという構造逆転の試みがなされています。
05|色彩設計は“明るい狂気”の象徴
映像は終始明るく鮮やかな色調で彩られ、あえてホラーの暗い画面を回避しています。これは、狂気と幸福、夢と破滅が同居するパールの精神世界を可視化するための演出です。
🧍キャストと演技にまつわるトリビア
06|ミア・ゴスが“共同脚本”にも挑戦
本作では主演だけでなく、タイ・ウェストとともに脚本執筆にも参加。パールというキャラクターに女性の視点を織り込み、ただの“怪物”で終わらせない深層的な描写を担いました。
07|名演と話題になった“ラスト8分間モノローグ”
終盤に登場する、ミア・ゴスによる長回しモノローグは、台本7ページにわたるセリフを一度もカットせず撮影されたもの。狂気・悲哀・願望がすべて詰まった名シーンです。
08|パールの“作り笑顔”は監督の実体験が元
パールが笑いながら涙を流す演出は、監督タイ・ウェストが“精神的に崩壊しそうな瞬間でも笑ってしまう”という自身の体験から着想を得たものです。
09|ダンスオーディションの演出は“夢と地獄の同居”
ダンス審査シーンでは、希望に満ちた照明と絶望的な現実が交差し、パールの“人生をかけた失望”が可視化されています。カメラワークも緩やかに壊れていきます。
10|義母との緊張関係は“女性間の抑圧構造”を暗示
パールと義母ルースとの関係性には、母娘間に存在するジェンダー的な世代間圧力や、“道徳的監視者”としての役割が重ねられています。
🎥演出と時代背景のトリビア
11|時代設定が“女性の選択肢のなさ”を強調
1918年という設定は、女性が自己実現することが極めて困難だった時代。映画スターへの夢は、パールにとって唯一の“自由な未来”でした。
12|“感染”が象徴する社会的腐敗
スペイン風邪はただの背景ではなく、“家庭という安全圏”すら蝕む不安の象徴です。これは、家父長制・性の抑圧・階級格差といった構造的問題を視覚化する要素として機能しています。
13|農場=牢獄の視覚的演出
パールの住む農場は、外界と遮断された閉鎖空間として撮影され、空の広さとは裏腹に“逃れられない監獄”のように機能しています。
14|ポルノ映画への伏線がさりげなく配置
納屋の壁には後の『X』で登場する小道具がすでに存在しており、“性と暴力の遺伝子”がすでに芽生えていたことを示唆しています。
15|“アメリカ的夢”の腐食を描く
華やかなショービジネスの夢が、現実の泥臭さと貧困によって引き裂かれていく様は、アメリカンドリームの裏側を描いた寓話でもあります。
🎞️映像・音楽・細部に込められた工夫
16|音楽は“ディズニー風×ホラー”の融合
作曲家タイラー・ベイツは、ディズニー映画のような甘くロマンティックな旋律に、不穏な不協和音を混ぜ、夢と狂気の境界を音楽で表現しました。
17|農場の動物たちが“沈黙の目撃者”として機能
ガチョウや豚など、動物たちは殺人現場の“見届け人”として配置されています。これはパールの“誰にも理解されない孤独”を際立たせる象徴的存在です。
18|衣装は色彩によって感情の移ろいを表現
パールが着る衣装の色彩は、場面ごとに“情動”を象徴するように変化します。特に赤と白の対比は、純粋さと流血のメタファーとして設計されています。
19|ナタでの殺人は“行動としての自己肯定”
パールが武器として選ぶナタは、“道具”ではなく“自我の延長”として描かれており、自らの感情に正当性を与える手段として機能しています。
20|エンドロール中の“笑顔”に含まれた複層的な感情
長時間の“固定笑顔”は、観客の笑い・困惑・恐怖を誘うと同時に、パールの“壊れたまま終われない女性性”を突きつける痛烈な演出です。
🔍テーマと解釈に関するトリビア
21|“誰にも選ばれない”というホラー
パールの本質的恐怖は、“殺人”ではなく、“世界から望まれない存在”になることへの恐怖です。それはあらゆる抑圧された人々の普遍的感情でもあります。
22|“視線を持たないヒロイン”の悲劇
映画スターを夢見るパールには、自らを“映す視線”がありません。誰も見てくれない世界の中で、自己像が崩壊していく物語です。
23|“現実を直視すること”の残酷さ
ダンスの不合格は、夢が終わる瞬間ではなく、“夢だけで生きてはいけない”現実を突きつけられる瞬間です。それは彼女にとって“死に等しい瞬間”でした。
24|“狂気”とは何か、という問い
パールの行動は、ただの精神異常ではなく、抑圧と孤独と未達成の欲望の複合体。本作は、狂気を一元的に描かず、“社会が狂わせる”構造を浮かび上がらせます。
25|“殺人者の人生”に観客を共感させる実験
観客は、パールの殺人を理解できてしまう自分に気づく構成になっています。これはホラー映画の倫理的境界を揺さぶる演出であり、現代映画における“危うい共感”の体現でもあります。
📝まとめ
『Pearl パール』は、ジャンル映画の枠を超え、女性の欲望・孤独・表現衝動を浮かび上がらせた現代ホラーの異色作です。
ミア・ゴスの変身、色彩の狂気、音楽の甘美さ、そして“見られたい”という願望の裏返しとしての暴力——その全てが、パールというキャラクターを通じて観客に迫ります。
こうしたトリビアを知ることで、あなたの中にもある“見てほしい何か”が、静かに刺激されるかもしれません。